コラム

G7と東京オリンピック・パラリンピックと「安全・安心」

2年ぶりに対面で開催されたG7が無事に終えた。菅首相は安全・安心な東京オリンピックの開催向けて各国首脳から支持を受けた。日本国民はこの「安全・安心」をどのように受け取っているであろうか。
この機会に「安全・安心」について考えてみたい。首相に拘わらず、我々日本人は簡単に「安全・安心」という言葉を気楽に使う。しかし、安全と安心は全く別の問題、別次元のものであり、並列に使うこと自体無理がある。安全は科学の問題で、安心は心の問題である。
安全はリスクや危険要素を認識して、リスクマネジメントを実施して、例え危害や損害があっても、常に許容範囲に維持している状態をいう。安心は心の問題で、人によって同じ事象でも安心できる人と安心できない人とがいる。安心して貰うためには、受け取る人の立場になって丁寧な説明が必要である。しかし、受け取る人がいやなもの、反対するものは、どのように説明しても安心して貰うことができない。安全に関しても、日本人のなかには絶対安全、ゼロリスクを求める人もいる。簡単に「安全・安心」という言葉を使う難しさがある。旅客機の機長の経験から、飛行中にトラブルが発生すると乗客は当然不安になる。機長は一連の操作を終えてから、落ち着いた声で、トラブルの内容、飛行の安全には支障のないことを説明する。そして「どうぞご安心下さい」とアナウンスすると、ほとんど乗客は安心してくれる。
トップは、安全であることの具体的な説明、安心して貰うメッセージを発信する工夫・努力の必要性を、今回のG7の菅首相の記者会見で感じた。

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