コラム

森会長辞任問題を危機管理の視点から考える

森会長辞任問題を危機管理の視点から考える
森会長が内外からの厳しい批判の高まりで、ようやく辞任の意向を表明した。
今回の一連の件に関しては森会長個人の問題としてではなく、危機管理の視点から日本全体の問題として以下のような教訓を残してくれている。
(1)組織のトップを含めて、人事は理由ではなく、目的ですべきだ。よくやってくれた、貢献してくれたという理由で人事を行うと、今回のような問題が発生する。よくやってくれた、貢献してくれたというなら、企業であるなら、ポストで報いるのではなくボーナスなどのお金で報いる。公的な組織なら褒章で報いるように、国に推薦する。ポストはこのひとなら、組織の目的を達成できるマネジメントができるという目的で人事を行う。
(2)「余人に代えがたい」というコメントもあった。アスリートや芸術の世界では、そうしたこともあり得る。しかし、仮に「余人に代えがたい」人が組織のトップ、リーダーに就いたとしたら、その人がいなくなったり、病気などで機能しなくなったら、組織はどうなるかは自明の理である。トップもリーダーも組織のなかの役割である。その役割がその人以外に代わる人がいなかったら、組織の機能はマヒしてしまう。組織というものは、まさに森氏の尽力で、日本に招聘することができたラグビーワールドカップの、ラグビーから学んだ“One Team”そのものだ。
(3)日本の多くの理事会、委員会のあり方のほとんどが、理事長、委員長の考えや一言で決まってしまうことが多い。理事、委員はそれを追認して終わる。今回の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会も、委員が本来の機能を果たしていたならば、内外から非難の的にならずに済んだ可能性がある。今回の事例は、我々日本人に、理事会、委員会のあり方を見直すチャンスを与えてくれた。
(4)出処進退は、あくまで自分の決断で。トップの座についた人の難しさのひとつに「引き際」がある。惜しまれて辞めるのと、周囲からの非難や圧力で辞めざるを得ないとでは、それまでの功績に拘わらず、その人の評価が全く変わってくる。今回の森さんの引き際というものは、今トップの座にある人、或は今後トップになる可能性の人にとって、教訓となるのではなかろうか。
(5)今回の件は、森さん個人の問題とせず、組織のあり方、オリンピックのあり方、トップ、リーダーの本質を考える機会にしたい。特に最近のオリンピックは「メダル至上主義」に陥っていないか。今一度、オリンピック憲章に立ち戻ってオリンピックを考えてみたい。

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